投稿者:specchio氏
日本のアニメーションの普及の中で、声優は多くの役割を担ってきた。ただ声をあてるだけにとどまらず、ラジオのパーソナリティーや歌手として活躍する者がいた。その甲斐あってか、声優は人気職業となり、すぐれた表現力をもった声優が数多く生まれた。
また、優れた声優は優れた舞台俳優でもある。舞台にいる人の顔はあまり見えない。そのため、観客は舞台に立っている主人公や、生き生きとした感情を表情からではなく、声で感じ取っている。これが、日本で独自の進化をとげた声優なのである。
しかし、この声優の世界に、今異変が起ころうとしているのである。
90年代前半より、徐々に声優ブームは熱を帯びていった。しかし、それは実力派声優を生み出すとともに、アイドル声優というジャンルを確立してしまったのである。
アイドル声優というのは、顔出しの仕事が多く、時には歌を歌い、コンサートなどを展開する。本来声優は顔を出さない仕事であり、以前は声優に会えると聞いただけで胸を弾ませたのだが、今ではそんなこともなくなり、書店に行けば声優関係の雑誌が陳列されている。そのことを悪いと断罪するつもりは毛頭ない。しかし、声優の仕事をないがしろにしてまでほかの活動に励んでいる姿がみてとれるのである。
元アイドルや子役出身の俳優が声優となった例(注1)は数多くある。千葉千恵巳(注2)、岩男潤子(注3)、日高のり子(注4)、宍戸留美(注5)などである。彼女たちは顔を出すことができる。しかし、その場合にはしっかりとその地位を確立して出演するのである。千葉千恵巳は今や声優を本業として、岩男潤子も現在では名の知られた人気声優として、宍戸留美は歌手、ならびにアイドルとしても、日高のり子にいたってはひっぱりだこである。彼女らの場合、過去に芸能活動をしていたことによって芸能界がどういうところであるかを知っている。メディアに出演するにしても、一般的な芸能人となんら変わることはない。
現在のアイドル声優はどうか。彼女らもまたメディアへの露出が多いが、違うのはその形態である。彼女らには固有の活動方針がない。ただインタビューに出て、ただ写真を撮ってもらって、ただ歌を歌って、それだけであるようにしか私には見えない。昔のアイドル声優(注6)にも筋があった。歌手としても人気を博し、現在声優の筆頭にあげられている林原めぐみ(注7)、過度の出演はせず、歌手活動やコンサートを現在精力的に行っている椎名へきる(注8)、独自のポップスを追求している國府田マリ子(注9)、そして俳優としても活躍する宮村優子(注10)などを見ればわかるのではないだろうか。少なくとも現在、そのような信念を持って活動している声優は少ない。
少ないというのは、無じゃないことを意味する。たとえば坂本真綾(注11)である。彼女の場合は子役出身であることからしてアイドルではないのだが、それよりも、歌である。プロデューサーがいいのかもしれないが、彼女の歌はアイドルの歌うようなしょぼくれた歌ではない。深い意味が込められ、その意味を理解しているかのように表現力豊かに彼女は歌う。聞いている私たちはその声に圧倒される。ここ数年、そんな歌手がJ-POP界に数人いただろうか。大人数で楽しく歌えばそれでいい、狂ったように歌えばそれでいい、ラップと称して意味不明な日本語を羅列して読めばそれでいい、という風潮が感じられてならない。
ここで私は前述した声優たちのことを「アーティスト」と呼ぶことを提案する。彼女たちが行う表現、それはまさしくアーティスティック(artistic)であり、彼女たちこそ表現者、つまりアーティストにふさわしいと思っている。「アーティスト」は「アイドル声優」の反意語であり、さらにその上に無限の可能性を秘めている。ただの声優におさまることなく、歌手・DJ・役者・俳優・ライター・エッセイストなど多彩に活動している人がすでにいるのである。まだまだ世界は広がるのではないだろうか。
すべてのアーティストが完璧かというと、そうではない。坂本真綾はまだ演技力にわずかであるが不安が残るし、宍戸留美に歌手としての歌唱力があるかというとそうではない。しかし、彼女らにあるのは強い意志である。自分に対する誇りを軸に、彼女たちは大きくはばたいて活躍するのである。
この心のないアイドル声優なんて、声優界に必要な存在とはとうてい言えない。ルックスだけにたよって声優界に居座るなどは言語道断である。
必要なのは、ルックスではなくて演技力である。
もし名だたるアイドル声優がすばらしい演技力を身に付けたなら、日本の声優界は大きく前進することになるだろう。そしてそれが、日本のアニメ・特撮を発展させ、ひいては声優が、世界に誇れる日本の文化として認知されるのであろう。
(注1)元アイドルや子役出身の俳優が声優となった例 これに限らず、声優の多岐にわたる活躍やアイドルのアニメ関係の仕事は多い。池澤春菜はフランス語会話に出演することが決まっているし、関俊彦や青野武が教育番組に出演していたというのは有名。また、石川ひとみはアニメ関係の仕事を多く担当し、プリンプリン物語という時代劇では主役を演じた。最近では、前田亜季がコメットさんを演じたり、モーニング娘。がひょっこりひょうたん島テーマソングを歌っていることなどもこの範囲内であろう。
(注2)千葉千恵巳 代表作にワンニャー(だぁ!だぁ!だぁ!)、春風どれみ(おジャ魔女どれみ)がある。
(注3)岩男潤子 元セイント・フォーのいわお潤。代表作に大道寺知世(カードキャプターさくら)などがある。
(注4)日高のり子 元はアイドル。代表作に浅倉南(タッチ)がある。
(注5)宍戸留美 今でも実はアイドル。代表作に瀬川おんぷ(おジャ魔女どれみ)など。音は外れてますが、はずれてなかったらかえっておかしいと感じさせるような歌ばっかり歌っていらっしゃいます。
(注6)昔のアイドル声優 ほかには、丹下桜(代表作:木之本桜)などがいる。
(注7)林原めぐみ 代表作に綾波レイ(新世紀エヴァンゲリオン)などがある。ありすぎるので割愛。彼女をアイドル声優と論ずることはあまり適切ではないとする人が大半であるが、私は彼女も以前のアイドル声優と同じくくりに入れていいと思っている。
(注8)椎名へきる 代表作は獅堂光(魔法騎士レイアース)など。つい数年前4ヶ月連続CDリリースなんかもしている。
(注9)國府田マリ子 代表作に小石川光希(ママレード・ボーイ)など。青二塾出身で、DJとしても活躍。独自のスタイルをもった歌手でもある。
(注10)宮村優子 代表作は惣流・アスカ・ラングレー(新世紀エヴァンゲリオン)、遠山和葉(名探偵コナン)など。最近では映画やドラマの出演も多く、ちゅらさんやバトル・ロワイヤルにも出演している。
(注11)坂本真綾 デビュー作は神崎ひとみ(天空のエスカフローネ)。カードキャプターさくらの主題歌である「プラチナ」が一番有名である。
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